東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1677号 判決 1987年1月20日
控訴人
シャープ家電株式会社
右代表者代表取締役
北牧昭彦
右訴訟代理人支配人
藤原利行
右訴訟代理人弁護士
増田嘉一郎
被控訴人
岡田穎之
右訴訟代理人弁護士
永野謙丸
同
真山泰
同
保田雄太郎
同
川島英明
同
茶谷篤
同
岡澤英世
主文
一 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人は控訴人に対し金五九二万円及びこれに対する昭和五九年五月三日から支払済みに至るまで日歩四銭の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四 この判決は第二、三項に限り仮に執行することができる。
事実
一 控訴代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示中控訴人と被控訴人に関する部分と同一であるから、その記載を引用する。
1 控訴人の主張
本件連帯保証契約の締結について、被控訴人に錯誤はなく、仮に錯誤があつたとしても要素の錯誤があつたものとはいえない。
(一) 割賦販売制度は、商品購入に際して代金の長期分割払を希望する顧客と、仕入代金支払等資金の都合上現金販売を希望する小売店との間にクレジット業者が介入し、小売店から即金或いはこれに近い短期間で売買代金を支払つて商品を買い取り、これを顧客に代金を長期割賦で売り渡す制度であり、顧客並びに小売店の双方に対して金融の便宜を与えるものである。
本件において、時雨山商会は割賦販売契約の法形式を利用して代金相当の融資を受けたのであり、正常な割賦販売であつたとしても金融目的であつたとしても、時雨山商会及び被控訴人は、いずれも融資金債務を負担する内心的効果意思で、融資金債務を負担する表示をしたのであるから、この点において被控訴人に錯誤はない。
(二) 本件においては、本件契約の対象である売買物件は、麻雀店の床、天井、壁面、ディスプレイ一式であつて、これは時雨山商会が営業を継続する場合においてのみ価値を有するのであり、仮に被控訴人が代位弁済した後、床、天井、壁面を不動産から分離しても再度使用できるものは全く存しないのであり、また、時雨山商会に代つて第三者が当該店舗を麻雀店として引き継いだとしても、従前の内装をそのまま使用する経営者はいないのである。すなわち、本件物件は担保としての価値のないものであり、被控訴人は連帯保証をした当初から無担保の債務を連帯保証したものというべきであり、本件物件が保証人の代位弁済による求償金債権の担保としての機能を営んでいないことに鑑み、右物件引渡の有無は本件連帯保証契約締結の要素とはならないものであり、また、被控訴人の右連帯保証についての効果意思と表示行為との間に錯誤もなかつたのである。
(三) 仮に時雨山商会が当初から金融目的で本件契約を締結していたならば被控訴人としては控訴人との間で本件連帯保証契約を締結しなかつたとしても、そのような事情は動機の錯誤であり、その動機が契約の相手方である控訴人に対して表示されていないので、本件連帯保証の意思表示を無効ならしめるものではない。
2 被控訴人の主張
(一) 割賦販売制度が、商品購入に際して代金の長期分割払を希望する顧客と、仕入代金支払等資金の都合上現金販売を希望する小売店との間にクレジット業者が介入し、小売店から即金或いはこれに近い短期間で売買代金を支払つて商品を買い取り、これを顧客に代金を長期割賦で売り渡す制度であることは、控訴人の主張するとおりである。しかし、これは商品購入について、代金の長期分割払を希望する顧客に対し、小売店に代つて商品を売り渡す制度であつて、単なる融資を希望する顧客に対して融資を行う制度ではない。すなわち、商品販売を離れた融資を意図して行われるものではない。
本件契約もそれ自体としては、単に控訴人を売主、時雨山商会を買主とする本件物件の割賦売買契約が成立しているのみで、この割賦売買契約の中に、これとは別に代金融資契約関係が包含されているものではない。
被控訴人としては、時雨山商会から店舗改装のための資材購入につき、連帯保証を依頼され、時雨山商会が改装のため本件物件を契約書どおり実際に買い受けるつもりで本件契約を締結したものと信じて、これに応じたものである。被控訴人は、本件物件の購入代金の割賦払について連帯保証をしたのであり、無限定な融資契約の連帯保証をしたのではない。保証人にとつて、割賦売買についての連帯保証であるか、単なる融資契約についての連帯保証であるかは、意思表示の重要な要素である。
(二) 控訴人は、本件物件が引き渡されたとしても、性質上被控訴人の求償金債権の担保としては価値がなく、被控訴人は求償金債権につき無担保の債務を連帯保証したものであるから右意思表示の要素に当らない旨主張する。
しかし、本件物件の引渡は、被控訴人の求償金債権の担保価値の問題として重要なのではない。本件物件の引渡により将来の経済的効果を生ずるであろうと期待できる債務であるか、或いはどこに費消されてしまうかわからない無担保の融資であるか、の問題である。これはまさに本件連帯保証契約締結の重要な要素であり、この点に錯誤がある以上、要素の錯誤があるというべきである。
(三) 控訴人は、割賦売買についての連帯保証か融資契約の連帯保証かというような事柄は動機の錯誤であり、その動機は控訴人に対して表示されていない、と主張する。
しかし、被控訴人のした意思表示は割賦売買契約の連帯保証についてであつて、単なる融資契約の連帯保証についてではないことは控訴人との間の契約書上に表示されている。したがつて、仮に動機の錯誤にとどまるものであつたとしても、その動機は表示されており、その点に錯誤があつたから、被控訴人の本件連帯保証の意思表示は無効である。
(四) 本件において、時雨山商会は本件物件の引渡を受けてはいないものの、控訴人から代金の支払を受けたシステムリースから代金相当の金員の交付を受け、引渡を受けたのと同様の経済的利益を得たものとして、時雨山商会が控訴人に対し同時履行の抗弁権を主張することは、権利の乱用として許されないかもしれないが、それはあくまで人的抗弁に関する問題であつて、連帯保証人である被控訴人の有すべき同時履行の抗弁権までが失われるものではない。
(五) 時雨山商会の得た前記経済的利益は、時雨山商会とシステムリースとが共謀して控訴人に架空の本件割賦売買契約を締結させ、控訴人から金員を支出させた不法行為に因り生じた利益であつて、本来控訴人の時雨山商会に対する請求は、不法行為による損害賠償請求であるから、右不法行為に荷担していない被控訴人に対し時雨山商会の不法行為に基づく債務についてまで保証債務の付従性が及ぶいわれはない。
3 証拠関係<省略>
理由
一本訴請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二そこで抗弁及び再抗弁について判断する。
1 まず、被控訴人の錯誤による無効の抗弁について判断する。
<証拠>によれば、被控訴人は、一審相被告岡田の遠縁にあたり、旧来の友人である関係から同人の依頼を受けて本件連帯保証契約を締結したのであるが、当時同人の経営する時雨山商会が実際には金融目的のために本件契約を締結するのであつて、麻雀店を開店する計画など全くなかつたことを知らず、時雨山商会が麻雀店を開業するために本件物件を契約書どおり現実に買い受けるために本件契約を締結したものと信じていたものであり、仮に時雨山商会が右のように店舗改装などのためではなく単なる金融目的で本件契約を締結するものであることを知つていたならば、あるいは控訴人との間において本件連帯保証契約を締結しなかつたかもしれないことが推認される。
ところで、<証拠>を総合すれば、控訴人とその特約店であるシステムリースとの間で採用しているクレジットによる割賦販売方式を利用してなされた控訴人と時雨山商会との間の本件契約は、売買の法形式をとつてはいるものの、その実質は融資目的の実現を図ろうとするものであり、時雨山商会には当初から本件物件の引渡を受ける意思はなく、右の法形式のもとに、控訴人からシステムリースに本件物件の代金として支払われる金員からシステムリースの利益分を控除した金員を時雨山商会においてシステムリースから借り受け(右物件の引渡はシステムリースが控訴人に代つて行う形式をとる。)、控訴人に対し売買代金一一〇〇万円(本件物件の現金価額を七一〇万円とし、これに金利、手数料を加えた金額)を割賦償還する旨の本件契約を締結したこと、時雨山商会はシステムリースから本件物件の価額に相当する七一〇万円の約束手形(数通に分けられている。)を受け取り、これを割引いて当初の金融の目的を達したこと、本件契約の対象である本件物件は麻雀店の床、天井、壁面、ディスプレイ一式とされており、このような物件は性質上使用後の転売処分に適しないもので、使用後は担保価値が乏しいこと、電器店を営む被控訴人にはクレジット方式による商品取引の経験があることが認められる。
以上認定の事実に、前示のようなクレジットによる割賦販売は、商品購入に当つて代金の長期割賦払を希望する顧客と現金払を希望する販売者との間にクレジット業者が介入し、販売者から即金あるいは短期間内に代金を支払つて商品を買い取り、売買物件の価額に金利、手数料を加えたものをもつて売買代金とし、これを顧客に長期割賦で売渡し、商品は販売者から直接顧客に引渡す方式によるものであり、その性質はクレジット業者が顧客並びに販売者の双方に金融の便宜を与えるもの、すなわち、金融の側面をも帯有する売買(たとえて言えば、顧客は借金をして商品を買い入れたような関係)であると解されることを併せ勘案すると、被控訴人のした本件連帯保証は、クレジット業者である控訴人に対する時雨山商会の右金融的側面である債務についてなされたものと認めるのが相当である。
とすれば、本件連帯保証契約においては、本件物件の引渡しの有無の如きは、被控訴人にとつても格別重要な意味を持たないから、右契約締結の要素には当らないものとみるべきであり、また、被控訴人が割賦売買代金について連帯保証をしたのかあるいは融資契約について連帯保証をしたのかというような事柄も同様であつて、本件連帯保証契約締結の要素とはいえず、いわゆる意思表示の動機に関する錯誤にすぎないものというべきである。ところで、被控訴人が右連帯保証の意思を表示した本件契約書である前掲甲第一号証の一(シャープ割賦売買契約書)によつても、さきに説示したような金融的性質を持つ割賦代金債務につき連帯保証をする旨の意思が表示されているにとどまり、控訴人と時雨山商会との間の本件契約が割賦売買であるが故に連帯保証をするが、金融目的であるならば連帯保証はしない旨の動機が表示されたものと認めることはできず、他に右の動機が控訴人に対して表示されたことを認めるに足りる証拠もない。
以上の理由により、本件連帯保証契約には要素の錯誤があるから無効である旨の被控訴人の抗弁は結局採用することができない。
2 次に、履行不能により代金債務が消滅した旨の抗弁について判断する。
前記1で認定したとおり、時雨山商会は、本件物件の引渡を受けることは当初から予定しておらず、システムリースから約束手形の交付を受けてこれを割引いて融資の目的を達しているのであるから、本件物件の設置場所とされている家屋が第三者に売却され控訴人の目的物引渡債務が履行不能となつたとしても、時雨山商会の控訴人に対する本件契約所定の割賦償還義務に消長を来すものではない。
したがつて、被控訴人の右の抗弁は採用することができない。
3 更に、同時履行の抗弁及び再抗弁について判断する。
時雨山商会が本件物件の引渡を受けていないことは当事者間に争いがない。
しかし、前記1で認定した事実関係のもとにおいては、時雨山商会が控訴人に対して本件物件の引渡を受けていないことを理由に同時履行の抗弁を主張することは信義則上許されないものというべきであり、被控訴人も時雨山商会の連帯保証人として主債務者と同様に同時履行の抗弁を主張することは信義則上許されないものというべきであり、結局、同時履行の抗弁は理由がない。
4 なお、被控訴人は控訴人の時雨山商会に対する本件請求は不法行為による損害賠償請求にほかならないから、被控訴人が連帯保証人としての責を負ういわれはない旨主張するが、本訴請求がそのようなものでないことは控訴人の本訴請求自体から明白であるから、右抗弁については検討の要をみない。
三以上の次第であるから、被控訴人は控訴人に対し金五九二万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五九年五月三日から支払済みまで約定の日歩四銭の割合による遅延損害金を支払う義務があり、控訴人の被控訴人に対する本訴請求はこれを認容すべきであり、原判決中これを棄却した部分は取消しを免れない。
よつて、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官中村修三 裁判官佐藤榮一 裁判官篠田省二)